オーバーツーリズムとは、観光客が特定の地域や時期に集中しすぎる状態のことです。住民の暮らしや環境、旅行者の満足度にまで悪影響が及びます。
日本語では観光公害と表現されることもあります。訪日客数が過去最高を更新した日本でも、京都市や富士山などで対策が本格化してきました。
国は2023年に対策パッケージを決定しました。2026年に閣議決定された基本計画にも、地方誘客や観光DX、人材確保など、宿泊業に関わる施策が盛り込まれています。
本記事では、意味と原因、国内外の事例、国の対策、宿泊業の現場でできることを解説します。
観光をめぐる変化を正しくつかんでおけば、宿泊業で働くうえでの日々の判断や対応に活かせます。
オーバーツーリズムとは?
オーバーツーリズムは、観光客の人数だけで決まるものではありません。地域の受け入れ体制や、住民生活・環境・旅行者の体験への影響も踏まえて捉える必要があります。同じ人数でも、時期や受け入れ体制によって問題になるかどうかは変わります。
- 言葉の意味と「観光公害」との関係
- 観光客の増加そのものが問題ではない理由
まずは言葉の意味を押さえたうえで、何が問題の本質なのかを見ていきましょう。
言葉の意味と「観光公害」との関係
オーバーツーリズムとは、観光客の過度な集中などによって悪影響が生じる状態を指す言葉です。地域住民の生活や自然・文化環境、旅行者の体験への影響までを含みます。観光庁は、過度の混雑やマナー違反による住民生活への影響と、旅行者の満足度低下を課題に挙げています。
英語の表記はOvertourismです。言葉の起源は明確ではなく、2001年の使用例が確認されています。その後、米国のメディアSkiftが2016年から積極的に使用し、広く知られるようになったとされています。
日本語では観光公害と表現されることもあります。ただし行政の文書では、カタカナ表記が主流となっています。
単なる混雑ではなく、住民生活や旅行者の体験にまで影響が及ぶ点が特徴です。
参考:オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた取組|観光庁
観光客の増加そのものが問題ではない理由
観光客が増えること自体は、地域経済にとって歓迎すべき現象です。宿泊費や飲食費は地域の所得となり、雇用も生まれます。
問題になるのは、受け入れ側の準備が追いつかないまま特定の場所や時間帯に人が集中したときです。交通の混雑やごみの増加は、こうした偏りから生じる場合が多いといわれています。
観光庁の対策パッケージは、混雑への対応に加え、地方部への誘客や住民と協働した観光振興を柱にしました。集中を是正し、分散によって負荷を下げる考え方です。
そのため対策は、観光全体を一律に抑えるのではなく持続可能性を高める取り組みとして位置づけられています。宿泊業で働く人にとっても、需要の平準化はサービスの質を保つうえで欠かせない視点でしょう。
オーバーツーリズムが起こる4つの原因
オーバーツーリズムの原因は1つに絞れません。本記事では、需要側と受け入れ側の主な背景要因を4つに整理します。
- 訪日客数の急増と観光需要の回復
- 特定の地域・時期・時間帯への集中
- 受け入れ環境の整備が追いつかないこと
- SNSによる情報拡散とマナー認識の差
それぞれの要因がどのように混雑や摩擦につながるのか、順に確認していきます。
① 訪日客数の急増と観光需要の回復
背景の1つは、訪日客数の急速な回復と増加です。日本政府観光局(JNTO)の推計によると、2025年の年間訪日外客数は約4,268万人でした。
この数字は2024年の約3,687万人を580万人以上上回り、年間の過去最高です。国内旅行の需要も回復し、観光地には国内外の旅行者が同時に訪れています。
観光庁は、都市部を中心とした一部地域への偏在傾向が見られると指摘しました。全国の観光地が均等に混み合っているわけではありません。
2026年3月閣議決定の観光立国推進基本計画でも、訪日客数6,000万人の目標は据え置かれました。受け入れ体制の整備は、今後も続く課題となるはずです。
参考:訪日外客数(2025年12月推計値)|日本政府観光局(JNTO)
② 特定の地域・時期・時間帯への集中
訪日客の多くは、東京・大阪・京都などの大都市圏や有名観光地に集中する傾向があります。観光庁の対策パッケージも、一部の地域や時間帯への集中を課題と整理しました。
時期の偏りも見逃せません。桜や紅葉のシーズン、大型連休には特定の観光地に人が集まり、閑散期との差が開きます。
時間帯の集中も混雑を深刻にする要因です。朝の通勤時間帯に観光客が路線バスへ集中すると、住民の移動に支障が出ます。京都市は対策として観光特急バスを導入しました。
こうした偏りがあるため、分散化が対策の中心に置かれています。訪問先や時期、時間帯を分散させることが、特定の地域への負荷を軽減する基本的な考え方です。
③ 受け入れ環境の整備が追いつかないこと
観光客の増加に対して、交通機関や宿泊施設、トイレなどのインフラが不足している地域があります。受け入れ環境が整わないまま人が増えれば、混雑や不便は避けられません。
観光庁の対策パッケージには、受入環境整備の項目があります。輸送力の増強に加え、宿泊業の採用活動支援や機械化・DX化推進支援も同じ項目に含まれました。
宿泊業の人手不足も、受け入れ環境の課題の1つです。客室があっても清掃や接客の人員が足りなければ、稼働を抑えざるを得ない施設もあります。
受け入れ環境の整備には時間と費用がかかるものです。需要の伸びに追いつくまでの間に問題が表面化しやすく、国の支援事業が整備を後押ししています。
④ SNSによる情報拡散とマナー認識の差
SNSで特定のスポットが話題になると、短期間に多くの人が同じ場所へ訪れる現象が起きています。住宅地の撮影スポットに人が集まり、住民との摩擦が生じた事例も報じられました。
文化や習慣の違いによるマナーの認識差も、摩擦の原因です。私有地への立ち入りや無断撮影など、地域ごとのルールやマナーが旅行者に十分伝わっていない場合があります。
観光庁は、旅行者向けの観光ピクトグラムを公表しています。対策パッケージには旅行者向け指針の策定も盛り込みました。訪日外国人旅行者向けのマナー啓発動画も作成し、地域で自由に放映できるようにしています。
文化や習慣の違いに加え、必要な情報が十分に伝わっていないケースもあります。宿泊施設でも、チェックイン時の案内やサイネージでの周知が有効な対策の1つです。
オーバーツーリズムで起きる問題
オーバーツーリズムの影響は、地域住民、自然環境や文化財、観光客自身という3つの立場から整理できます。いずれにも負の影響が及ぶ点が、オーバーツーリズムの特徴です。
- 地域住民の生活への影響
- 自然環境・文化財への影響
- 観光客自身の満足度低下
それぞれの立場から見た問題を具体的に見ていきましょう。
地域住民の生活への影響
住民の生活への直接的な影響の1つは、日常の移動や買い物への支障です。路線バスに乗れない、通勤に時間がかかるといった声も上がっています。
騒音やごみの問題も深刻です。夜間の騒ぎ声や住宅地への無断立ち入りは住民のストレスになり、観光への反感にもつながりかねません。
住民生活に及ぶ主な影響は、次のように整理できます。
- 公共交通の混雑による通勤・通学への支障
- 騒音・ごみ・私有地への立ち入りといった生活環境の悪化
- 海外の観光都市で問題となっている短期賃貸の増加による住宅供給への影響
観光庁の対策パッケージは、地域住民と協働した観光振興を3つの柱の1つに位置づけました。住民の理解を得ながら観光を進める姿勢は、国の方針として明確です。
宿泊施設にとっても、地域住民との関係は事業の継続に関わります。良好な関係づくりは、持続的な事業運営を考えるうえで重要な要素です。
自然環境・文化財への影響
自然環境への影響としては、登山道の荒廃やごみの投棄などが挙げられます。富士山では、弾丸登山と呼ばれる夜通しの登山による安全面の問題も指摘されてきました。
文化財への影響も見逃せません。歴史的な建造物への落書きや神社仏閣での撮影マナー違反は、貴重な資源を損なう恐れがあります。
観光庁の対策パッケージには、私有地や文化財への防犯カメラ設置支援が含まれています。条例に基づく罰則整備の事例集も作成し、地域が実情に応じた抑止策を検討できるようにしています。
自然や文化財は、一度損なわれると回復に長い時間を要します。観光資源そのものを守ることは、観光地としての価値を維持する前提といえます。
観光客自身の満足度低下
観光客自身も、オーバーツーリズムの影響を受ける当事者です。長い行列や混雑した車内、予約が取れない宿泊施設は、旅行の満足度を大きく下げます。
観光庁は、旅行者の満足度低下への懸念を対策パッケージの冒頭で課題に挙げました。観光地の魅力が伝わらなくなれば、リピーターの減少にもつながりかねません。
宿泊施設の現場では、満室が続く時期にサービスの質を保ちにくくなる場面もあります。チェックインの待ち時間や清掃の遅れは、宿泊者の体験を左右する要素です。
混雑状況の可視化や空いているルートの提案は、旅行者の満足度を守る手段として国の対策に含まれています。混雑を緩和することは、旅行者の快適さと住民の生活の質の双方を守ることにつながります。
国内外のオーバーツーリズムの事例
国内外の観光地では、オーバーツーリズムへの具体的な対策が進められています。地域ごとに課題が異なるため、採られている手段にも違いがあります。
- 日本国内の事例(京都市・鎌倉市・白川村・富士山)
- 海外の事例(ベネチア・バルセロナ・アムステルダム)
国内と海外に分けて、代表的な取り組みを表で整理します。
日本国内の事例(京都市・鎌倉市・白川村・富士山)
国内で対策が進む代表的な地域は、京都市・鎌倉市・岐阜県白川村・富士山です。いずれも観光庁の対策パッケージや国の支援事業で名前が挙がりました。
京都市では2026年3月1日から宿泊税の税率が見直され、宿泊料金に応じた5段階の税額になっています。増加する税収は、市民生活と観光の調和・両立の推進などに活用するとされました。
富士山の吉田ルートでは、山梨県の条例に基づく登山規制と通行料の徴収が行われています。各地域の主な取り組みは次のとおりです。
| 地域 | 主な課題 | 主な対策 |
| 京都市 | 路線バスの混雑・住民生活との摩擦 | 宿泊税の見直し(2026年3月から5段階)・観光特急バスの導入 |
| 鎌倉市 | 駅周辺と江ノ島電鉄の混雑 | 混雑状況の可視化・リアルタイム配信の導入 |
| 岐阜県白川村 | 冬季ライトアップ時の渋滞・違法駐車 | ライトアップ時のマイカー予約制・イベントの完全事前予約制 |
| 富士山(吉田ルート) | 弾丸登山・山頂付近の過度な混雑 | 午後2時から午前3時までのゲート閉鎖・1日4,000人の上限・通行料4,000円 |
鎌倉市では「鎌倉観光混雑マップ」を活用し、主要観光スポットの混雑情報を発信して観光客の分散を図っています。白川村では2019年にライトアップ時のマイカー予約制が導入されました。その後、イベント自体も完全事前予約制となっています。
富士山の規制は2024年に始まり、2025年からは通行料が4,000円に引き上げられました。山小屋宿泊者を除き、午後2時から翌午前3時までは五合目のゲートが閉まります。
海外の事例(ベネチア・バルセロナ・アムステルダム)
海外では、日本より早くからオーバーツーリズムが社会問題になってきました。欧州の観光都市では、入域料や宿泊施設の規制など踏み込んだ手段が特徴的です。
イタリアのベネチアは、2024年から日帰り訪問者を対象とする入域料の試行を始めました。2026年は4月3日から7月26日までの計60日間に実施されました。予約時期に応じて5ユーロまたは10ユーロを支払う仕組みでした。
スペインのバルセロナやオランダのアムステルダムでも、住民の生活を守る観点から規制が強まっています。主な取り組みは次のとおりです。
| 都市 | 主な課題 | 主な対策 |
| ベネチア(イタリア) | 日帰り客の集中・住民の減少 | 混雑日の日帰り訪問者に入域料を課す仕組み(事前予約制) |
| バルセロナ(スペイン) | 短期賃貸の増加による家賃上昇 | 観光用短期賃貸の許可を2028年に更新しない方針 |
| アムステルダム(オランダ) | 中心部の混雑・住環境の悪化 | 宿泊料金の12.5%の宿泊税・リバークルーズの削減・新規ホテルの抑制 |
2026年の実施期間中、ベネチア市内の宿泊施設に泊まる旅行者は入域料の支払いが免除されていました。ただし、原則として免除手続きが必要でした。
バルセロナやアムステルダムでは、住宅供給や住環境への影響、観光による混雑や迷惑行為などへの対応を目的として規制が強化されています。制度は変更されることもあるため、最新の内容は現地自治体の公式サイトで確認しておきましょう。
国・自治体が進めるオーバーツーリズム対策
国のオーバーツーリズム対策は、2023年の対策パッケージを起点に進められてきました。その後、支援事業が実施され、観光立国推進基本計画にも位置づけられています。自治体では、宿泊税を財源として活用する動きもあります。宿泊業に関わる人が押さえておきたい柱は4つです。
- 観光庁の「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」
- 先駆モデル地域と令和8年度の支援事業
- 宿泊税・国際観光旅客税などの財源
- 第5次観光立国推進基本計画における地方分散
それぞれの内容と、宿泊施設への関わりを順に整理します。
観光庁の「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」
対策パッケージは、2023年10月18日に観光立国推進閣僚会議で決定されました。観光庁が関係府省庁の対策会議を開き、政府全体の方針としてまとめたものです。
基本的な考え方は、観光客の受け入れと住民の生活の質の確保を両立させることにあります。地域自身があるべき姿を描き、実情に応じた具体策を講じられるよう、国が支援します。
対策は大きく3つの柱で構成されています。
- 観光客の集中による過度の混雑やマナー違反への対応
- 地方部への誘客の推進
- 地域住民と協働した観光振興
1つ目の柱はさらに4項目に分かれます。受入環境の整備・増強、需要の適切な管理、需要の分散・平準化、マナー違反の防止・抑制です。宿泊業の採用活動支援やDX化推進支援は、受入環境整備の一部として明記されました。
観光庁には、自治体やDMO向けの相談窓口も置かれています。地域の課題に応じて各省庁が連携し支援する体制です。
先駆モデル地域と令和8年度の支援事業
対策パッケージを受けて、観光庁は令和5年度補正予算で支援事業を実施しました。先駆モデル地域型として26地域を選定し、成果を事例集にまとめています。
令和8年度(2026年度)は、観光地の面的受入環境整備促進事業として公募が行われました。中長期的な面的対策へ広げることが狙いとされています。
支援は地域一体型と一般型の2つの類型に分かれ、補助上限額や申請主体が異なります。主な違いは次のとおりです。
| 比較項目 | 地域一体型 | 一般型 |
| 申請主体 | 地方公共団体・登録DMO | 地方公共団体・登録DMO・民間事業者等 |
| 補助上限額 | 2億円 | 5,000万円 |
| 補助率 | 3分の2以内 | 2分の1以内 |
| 主な要件 | 地域の関係者による協議の場を設け、住民の意見を取り込む方法を備えること | 地方公共団体以外が申請する場合は関係する地方公共団体との連携が必要 |
一般型は民間事業者も申請主体になれるため、宿泊施設も地域の課題解決に向けた取り組みに参加できます。ただし自治体以外が申請する場合は、関係する自治体との連携を証する書類が必要です。
二次公募の計画申請は、令和8年7月17日に締め切られました。次年度以降の内容は、観光庁の公募情報で確認しておきましょう。
参考:令和8年度「オーバーツーリズムの未然防止・抑制をはじめとする観光地の面的受入環境整備促進事業」二次公募開始及び公募説明会の開催|観光庁
宿泊税・国際観光旅客税などの財源
対策を続けるには財源が欠かせません。国の財源としては国際観光旅客税、地域の財源としては宿泊税が代表的です。
国際観光旅客税は、日本から出国する人に課される税です。2019年1月に1人1回1,000円で導入されました。2026年7月1日以後の出国から、原則として3,000円に引き上げられました。ただし同日前に締結された一定の運送契約には、経過措置があります。
宿泊税は自治体が条例で定める税で、宿泊施設が宿泊者から預かり自治体に納めます。京都市では2026年3月1日から、宿泊料金に応じた5段階に見直されました。税額は1人1泊200円から10,000円までとなっています。
京都市が見込む見直し後の税収は、約126億円です。使途は、市民生活と観光の調和・両立の推進などです。宿泊税を導入する自治体は増える傾向にあるため、勤務先の地域の制度は早めに確認しておきましょう。
参考:令和8年3月1日からの宿泊税の見直しが正式決定|京都市
第5次観光立国推進基本計画における地方分散
観光立国推進基本計画は、観光立国推進基本法に基づいて政府が定めます。第5次となる計画は2026年3月27日に閣議決定され、対象期間は2026年度から2030年度までです。
計画は観光を戦略産業と位置づけました。基本方針の1つ目は、インバウンドの誘客と住民生活の質の確保との両立です。地方誘客を通じたオーバーツーリズム対策の強化も、そこに明記されています。
目標では、2030年の訪日客数6,000万人と消費額15兆円が据え置かれました。そのうえで地方部での延べ宿泊者数や、オーバーツーリズムの未然防止・抑制に関する目標が加わっています。
観光産業の強靱化として、観光DXや観光人材の確保も柱に含まれました。人材確保が国の計画に明記された点は、宿泊業で働く人にとって今後の労働環境を考える手がかりです。
オーバーツーリズムがホテル・宿泊業の現場に与える影響
オーバーツーリズムは観光地全体の問題ですが、ホテルや旅館の現場にも日々の業務を通じて具体的な影響が及びます。宿泊業で働く人が直面しやすい影響は4つです。
- 繁忙の偏りによる業務負担の増加
- マナー問題への対応と多言語対応
- 宿泊税の徴収事務と宿泊者への説明
- 人手不足と採用への影響
現場で何が起きているのかを、業務ごとに見ていきます。
繁忙の偏りによる業務負担の増加
観光客が特定の時期に集中すると、宿泊施設の繁忙も同じ時期に偏ります。大型連休や紅葉のシーズンには満室が続き、フロントや客室清掃の負担が一気に高まります。
一方で閑散期には稼働が落ちるため、年間を通じて人員を平準化しにくい構造があります。繁忙期だけ人を増やすことは容易ではなく、既存の従業員に負荷が集中しがちです。
チェックインの待ち時間や清掃の遅れは、宿泊者の満足度に直結します。忙しい時期ほどサービスの質を保つ工夫が求められ、現場の判断力が試される場面も増えます。
国の対策パッケージは、需要の分散・平準化を掲げました。分散が進めば、宿泊施設の繁忙の偏りも緩和される可能性があるでしょう。
マナー問題への対応と多言語対応
訪日客の増加にともない、文化や習慣の違いを踏まえて案内する場面が増えています。大浴場の利用方法やごみの分別など、案内が必要な事項は少なくありません。
多言語での案内は、マナーをめぐる行き違いを防ぐ基本的な手段です。観光庁は多言語での情報提供や看板・デジタルサイネージの設置支援を対策パッケージに盛り込みました。
観光庁が作成したマナー啓発動画は、地域で自由に放映できるとされています。ロビーや客室のモニターで活用すれば、施設独自に制作する手間を省けるはずです。
マナー問題への対応は、注意や指導だけでは解決しません。事前の案内で誤解を減らし、トラブルが起きた際も冷静に説明できる準備をしておくことが大切です。
宿泊税の徴収事務と宿泊者への説明
宿泊税を導入する自治体では、宿泊施設が特別徴収義務者となります。宿泊者から税額を預かり、京都市の場合は当月徴収分を翌月末までに申告納入する義務があります。
税率が段階的に設定されている場合は、宿泊料金に応じて税額が変わります。京都市の見直しでは5段階となり、予約システムや会計の設定を改める必要が生じました。
現場では、宿泊者への説明も必要になります。フロント担当者が制度の趣旨を簡潔に説明できるよう、あらかじめ案内内容を整理しておくことが重要です。
税の使途が住民生活と観光の両立に充てられると伝えられれば、宿泊者の理解も得やすくなります。宿泊税の説明は、施設が地域の一員であることを示す機会でもあるといえます。
人手不足と採用への影響
宿泊業の人手不足は、観光需要の増加に対応するうえで重要な課題です。観光庁の対策パッケージは、宿泊業の採用活動支援や外国人材の活用促進を受入環境整備の項目に含めました。
観光立国推進基本計画でも、観光人材の確保は観光産業の強靱化の柱として引き続き明記されています。宿泊業の人手不足が続くなか、観光庁も採用活動を含む人材確保を支援しています。ただし繁忙の偏りが大きい地域では、労働環境の改善が採用の前提になるとも考えられます。
施設が需要の平準化や機械化にどう取り組んでいるかは、転職時の職場選びの判断材料の1つです。求人情報だけでは分かりにくいため、転職エージェントを通じて施設の取り組みを確認するのも1つの方法です。
ホテル・旅館ができるオーバーツーリズム対策
オーバーツーリズム対策は、自治体やDMOが中心となって進める取り組みです。ただし宿泊施設などの民間事業者にも果たせる役割はあり、施設が取り組みやすい対策は4つです。
- 需要の分散と平準化
- 受け入れ環境の整備
- 地域・自治体との協働
- 従業員の負担を減らす体制づくり
それぞれについて、施設で取り組みやすい方法を紹介します。
需要の分散と平準化
宿泊施設にできる分散策の1つは、閑散期や平日の魅力を高める宿泊プランの提供です。時期によって料金を変える方法も、需要を平準化する手段として広く使われています。
混雑する観光地の周辺にある、まだ知られていないスポットを案内するのも効果的です。フロントが地元ならではの情報を伝えれば、宿泊者の満足度を高めながら、観光客の分散にもつなげられるでしょう。
事前チェックインやセルフチェックインを導入すれば、到着時の手続き時間を短縮し、フロントの混雑や業務負担を軽減できます。
観光庁は、文化財や博物館を早朝・夜間に体験する特別プログラムの実施を対策に含めました。施設からこうしたプログラムを紹介すれば、日中の混雑を避けた旅程を提案できるはずです。
受け入れ環境の整備
受け入れ環境の整備は、宿泊施設が最も直接的に取り組める分野です。多言語対応やキャッシュレス決済の導入は、観光庁の対策パッケージでも支援対象とされています。
館内での案内表示やマナー周知は、トラブルの予防につながります。観光庁が公表している観光ピクトグラムを活用すれば、館内案内やマナー周知を作成する際の負担を減らせます。
施設で取り組みやすい整備項目は、次のように整理できます。
- 客室・館内案内の多言語化と観光ピクトグラムの活用
- キャッシュレス決済や事前チェックインの導入
- 手荷物預かりや配送など手ぶら観光への協力
- ごみの分別や大浴場の利用方法の事前案内
観光庁は令和7年度に、手ぶら観光推進に係る調査事業を実施しました。宿泊施設での手荷物の預かりや配送は、混雑する交通機関の負荷を減らす取り組みとして位置づけられています。
受け入れ環境の整備は、従業員の説明負担を減らす効果もあります。設備投資には国や自治体の支援事業を活用できる場合があるため、公募情報の確認が欠かせません。
参考:オーバーツーリズムの未然防止・抑制に関する支援事業|観光庁
地域・自治体との協働
オーバーツーリズム対策は、施設単独では限界があります。観光庁の支援事業では、地域の関係者による協議の場を設けることが地域一体型の要件とされました。
宿泊施設がこうした協議の場に参加すれば、地域の課題や対策について関係者と情報共有し、施設側の視点を対策に反映させる機会になります。
観光地域づくり法人であるDMOとの連携も有効です。DMOは地域の観光戦略を担う組織であり、宿泊者の動向を把握している宿泊施設は、DMOにとって重要な連携先となります。
地域住民との関係づくりも協働の一部です。清掃活動や地域行事への参加は、施設が地域の一員として受け入れられる土台となります。
従業員の負担を減らす体制づくり
繁忙の偏りが大きい施設では、従業員の負担を減らす体制づくりが対策の一部になります。国の対策パッケージも、宿泊業の機械化・DX化推進支援を明記しました。
セルフチェックイン機や清掃の省力化機器の導入は、繁忙期の作業量を抑える手段です。設備の導入には費用がかかるものの、支援事業の対象になる場合もあります。
繁忙期の人員を確保するため、閑散期も含めて年間の勤務体制を調整する方法も考えられます。採用面では、対策パッケージに宿泊業の採用活動支援が含まれている点も押さえておきたいところです。
従業員の負担を減らすことは、サービスの質を維持するうえでも重要な要素です。人材確保が国の計画でも引き続き重要課題とされるなか、働きやすい体制づくりは採用面でも重要といえます。
オーバーツーリズムに関するよくある質問
オーバーツーリズムについて、検索されることの多い疑問をまとめました。本文で触れた内容についても、結論を簡潔に整理しています。
オーバーツーリズムは英語でどう表記しますか?
英語の表記はOvertourismです。overは過剰、tourismは観光を意味します。起源は明確ではないものの、米国のメディアSkiftが2016年から積極的に使用し広まったとされます。
日本語では観光公害という訳語もあるものの、観光庁の文書で使われているのはカタカナ表記です。公的な場面では、こちらの表記が一般的といえます。
オーバーツーリズムの反対語はありますか?
明確に定まった反対語はありません。観光客が少なすぎて地域経済が成り立たない状態を、アンダーツーリズムと呼ぶ例はあるようです。
アンダーツーリズムは学術文献などでも使われていますが、明確な対義語として広く定着しているとはいえません。対策の文脈では、持続可能な観光や分散化という言葉で語られるのが一般的といえます。
日本でオーバーツーリズムが深刻な観光地はどこですか?
京都市や鎌倉市、岐阜県白川村、富士山などは、観光庁の対策パッケージや報道で名前の挙がる地域です。いずれも交通の混雑やマナー違反、住民生活への影響が課題とされてきました。
観光庁は対策パッケージで、都市部を中心とした一部地域への偏在傾向を指摘しています。深刻さは地域や時期によって異なるため、特定の観光地だけの問題とはいえません。
宿泊税はオーバーツーリズム対策にどう使われますか?
宿泊税の使途は自治体ごとに条例で定められています。京都市の場合、見直しで増える税収は観光の推進や、市民生活と観光の調和・両立の推進に使うとされました。
宿泊施設は特別徴収義務者として宿泊者から税を預かり、自治体に納めます。制度の趣旨を宿泊者に説明できるよう、勤務先の自治体の使途を確認しておくと対応しやすくなるはずです。
オーバーツーリズムは宿泊業界の求人に影響しますか?
観光需要が伸びる一方、宿泊業では人材確保が政策上の課題となっています。観光庁も、宿泊業の採用活動を含む人材確保を支援しています。
ただし繁忙の偏りが大きい地域では、労働環境は施設によって差があります。転職エージェントに希望する勤務地や働き方を相談しておくのも1つの方法です。施設の取り組みを踏まえた求人の紹介を受けられるかもしれません。
オーバーツーリズムについて解説しました
オーバーツーリズムとは、観光客が特定の地域や時期に集中しすぎる状態です。住民の生活や環境、旅行者の満足度に悪影響が及ぶ点が問題です。
国は2023年の対策パッケージを起点に、支援事業や財源の整備を進めてきました。2026年3月に閣議決定された観光立国推進基本計画には、対策の強化も明記されました。
ホテルや旅館の現場には、繁忙の偏りやマナー対応、宿泊税の徴収事務といった影響が現れています。一方で、需要の分散や受け入れ環境の整備、地域との協働には、宿泊施設側でも取り組めます。
観光をめぐる変化を正しく理解し、地域と協働する姿勢を持つこと。その姿勢は、これからの宿泊業で働くうえでの土台になるでしょう。

